聖書(列王記, 歴代誌)で「円周率」を考える('24.06.07)#

100世代を超えて議論されてきた聖書の円周率問題#

聖書には、円周率が暗に登場していて、これまで2千年くらいは議論されてきた。 親と子の世代差を「1世代」として、それがおよそ20年とすれば、2千年は100世代に相当する。 つまり、親と子が入れ替わる周期を基準にして、100回くらいも議論されてきたのが、聖書に登場する円周率問題だ。

聖書の列王記第一7章、あるいは、歴代誌第二4章には、こんな形で円周率が登場する。

列王記第一7章

また海を鋳て造った。縁から縁まで十キュビトであって、周囲は円形をなし、高さ五キュビトで、その周囲は綱をもって測ると三十キュビトであった。その縁の下には三十キュビトの周囲をめぐるひさごがあって、海の周囲を囲んでいた。そのひさごは二並びで、海を鋳る時に鋳たものである。その海は十二の牛の上に置かれ、その三つは北に向かい、三つは西に向かい、三つは南に向かい、三つは東に向かっていた。海はその上に置かれ、牛のうしろは皆内に向かっていた。海の厚さは手の幅で、その縁は杯の縁のように、ゆりの花に似せて造られた。海には水が二千バテはいった。

列王記第一7章

歴代誌第二4章

ソロモンはまた青銅の祭壇を造った。その長さ二十キュビト、幅二十キュビト、高さ十キュビトである。彼はまた海を鋳て造った。縁から縁まで十キュビトであって、周囲は円形をなし、高さ五キュビトで、その周囲は綱をもって測ると三十キュビトあった。海の下には三十キュビトの周囲をめぐるひさごの形があって、海の周囲を囲んでいた。そのひさごは二並びで、海を鋳る時に鋳たものである。その海は十二の牛の上に置かれ、その三つは北に向かい、三つは西に向かい、三つは南に向かい、三つは東に向かっていた。海はその上に置かれ、牛のうしろはみな内に向かっていた。海の厚さは手の幅で、その縁は杯の縁のように、ゆりの花に似せて造られた。海には水を三千バテ入れることができた。

歴代誌第二4章

列王記第一7章あるいは歴代誌第二4章に登場するのは、単位を無視すれば直径が10で円周が30、そして高さが5の「海」と呼ばれる鋳造された円筒形の容器だ。

_images/day_240607_bible_pi_Brazen_Sea_of_soloman_From_Jewish_Encyclopedia.jpg

聖書に暗に登場する「円周率は約3」という描写#

直径が\(r\)なら円周は\(\pi r\)だ。 つまり、\(\pi=円周/直径\)だ。 「直径が10で円周が30」ならば、下記のように単純に割り算をしてみれば、 \(\pi=3\)ということになる。

print('Pi=',30//10) # /を使うと浮動小数点演算が行われる https://qiita.com/toKoinX/items/032316ca77e28b80c142
Pi= 3

もちろん、円周率は3ではない。 聖書の列王記や歴代誌が作成されたのは、紀元前数百年前。 その千数百年以上前からたとえば、古代バビロニアの時代から、円周率が3.1…という数字であることはわかっていた。 試しに円を16角形に近似してみれば、円周率が3.0614674589207183…より大きいことは、容易に確認できる。

import numpy as np

def pi_from_polygon_area(n):
    rad=np.radians(360/n)
    area=n*np.sin(rad)/2.0 # 正N角形の面積
    return area

print(pi_from_polygon_area(16))
3.0614674589207183

ヘブライ語の原典を踏まえると3.1415…が書かれてる?#

精度を要する数値計算の解説書ではないのだから、聖書に「円周率は大雑把には3」と暗に読める文章が書いてあっても別に、全く問題は無いようにも思う。 けれど、世界を記述するテキストとしては大きな問題らしく、さまざまな議論が繰り広げられてきたようだ。 たとえば、Isaac ElishakoffとElliot Pinesによる論文、"Do Scripture and Mathematics Agree on the Number π?"では、次のような考察がされている。

_images/day_240607_bible_pi_bible.png

"Do Scripture and Mathematics Agree on the Number π?"

ヘブライ語聖書の列王記第一7章と、歴代誌第二4章では、円周長が30という説明文で使われる言葉が違っていて、列王記で使われているのは קוה で、歴代誌で使われているのは קו だ。 このふたつの語句は、書き文字としては異なるが、言葉にすると同じ発音になる。 そして、ヘブライ語では文字が数字を表してもいたので、このふたつの文字を数字にすると、それぞれ、111(=100+6+5)と106(=100+6)になる。 さらに、古今東西、さまざま行われてきた聖書解釈を踏まえて、聖書に書かれた「約3」の円周率に111/106を掛けるべきなのだ。

それでは、聖書から導かれる円周率約3に、111(=100+6+5)と106(=100+6)の比をどうなるだろう? ……計算してみると、こんな結果が得られる。

3*(100+6+5)/(100+6)
3.141509433962264

聖書には「口から発する言葉にすれば円周率は約3となるが、書き残された言葉としては、奥深い真実の世界も描かれていた」というのが、論文を書いた彼らが導き出した答えだ。 ちなみに、彼らは、111(=100+6+5)と106(=106+6)による\(\pi\)表現は、情報理論を用いた符号化効率の計算結果から、偶然現れたものではなくて神の霊感による必然だと主張する。

……何を信じるか信じないかは、あなた次第。